マジックと推理小説は別物。コナンでもマジックは見破る事は出来ない。

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はじめに。


たった一つの真実を見抜く!

見た目は子供、頭脳は大人、

その名を、

名探偵コナン!

言わずと知れた国民的長寿アニメ。

「名探偵コナン」のオープニングで流れるセリフです。

名探偵コナンとは・・

主人公のコナン(工藤新一)が、様々な殺人事件の巧妙なトリックを天才的な推理力で見破り、事件を解決して行くというストーリー。

さて、もしも・・

アニメの主人公である名探偵コナンが、

「現実のマジシャン」を相手にしたら、

マジックのトリックを完璧に見破る事が出来るのでしょうか?

答えは・・

残念ながら、コナンでもマジックのトリックを完璧に見破る事は出来ません。

その理由は、コナンの決めゼリフと言えば・・

「真実はいつも一つ!」ですが・・

マジックのトリックを真実とするならば、いつも一つではないからです。

実はマジックというものは・・

「一つのマジック」に様々な複数のトリックを組み合わせて、一つの作品として作られています。

さらに・・

その「一つのマジック」は演じるマジシャンによって、トリックは違っていたりするし・・

同じマジシャンであっても、「一つのマジック」を毎回、同じトリックとは限らず・・

場合によっては、見た目は同じマジックでも、トリックは違うことがあります。

マジシャンにとって、マジックのトリックは一つではないのです。

ですので・・

もしも、コナンがマジックのトリックを見破るのであれば、その全てのトリックを推理しないといけません。

さらに・・

たとえ、全てのトリックを推理出来たとしても、マジシャンは新しいトリックで同じマジックを演じます。

そうなると、もはや・・

「いたちごっこ」です。

決着は付きません。

マジックと「事件のトリック」は別物。


そもそも・・

マジックと事件のトリックは全くの別物です。

わかりやすく言えば・・

マジックと推理小説は別物です。

マジックとは見破る為に作られたエンターティメントではないのです。

ですので・・

見破ろうとしても、それは、「無駄な努力」なのです。



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見てはいけないもの見たくなる人間の心理。


人間というのは、いやらしいもので「見てはいけない」と言われた物ほど見たくなります。

おとぎ話の中でも・・

鶴の恩返しでは、おじいさんとおばあさんが鶴が機織りをしているところを覗いてしまいました。

浦島太郎は玉手箱を開けてしまいました。

それで、起きた結果は・・

悲劇のみです。

人間の愚かな性でしょう。

しかし・・

愚かな性は人間であれば誰でも持っているものですから、決して、否定はしません。

私だって、トリックがわからないマジックを見れば、トリックを知りたいと思ってしまいます。

それは、人間であれば当然です。

ただし・・

トリックを見破ることだけを考えてマジックを見るというのは、非常に残念で視野が狭い思考であるということです。

視野の狭い人間の愚かさ。


夜になると電灯に向かって沢山の虫が飛び回っています。

虫は、なぜ電灯に向かって飛んでいくのか?

ご存知でしょうか?

実は・・

虫は人間と比べて視力は大変に低いです。

夜は月明りのみを頼りにして、方向を定めて飛ぶ習性があります。

しかし・・

虫は光りであれば、どんなものでも、月明りと勘違いしてしまうのです。

それは、人間が火を使いだした時代からです・・

そこから、生まれたことわざが・・

「飛んで火に入る夏の虫」です。

現代では、火だけでなく電灯に向かって飛んで行くという・・

「無駄な努力」

を虫をしてしまうようになってしまったのです。

月明りと電灯を同じものと勘違いしてしまう虫の視力の低さはというのは、まるで、マジックと推理小説を同じものと勘違いしてしまう人間の視野の狭さのようです。

ですので・・

マジックを推理小説のように見破ろうと思って見るのは「飛んで火に入る夏の虫」でしょう。

マジックはトリックを見破るものでは決してなく、その世界観全体を楽しむものです。

トリック以外の部分に視野を広げれば、その方自身の思考や世界観の視野が広がります。

最後に。


マジックの真実はトリックではありません。

素晴らしい世界観を持った、マジックは世の中に沢山、存在します。

ぜひ、そこに光りを当ててもらいたいものです。


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*画像「Pixabay」より

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