高知県民の道案内は「東西南北」で説明する理由。

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はじめに。


高知県民は道を訪ねられると、右、左ではなく「東西南北」で道案内の説明をするのが定番です。

その為、高知への旅行客や高知へ移住して来たばかりの人が、高知県民の道案内の説明に戸惑う事がよくあると言われています。

高知県民の道案内は「東西南北」で説明する理由。


理由は高知県の地理の特徴にあります。

東側は室戸方面。

西側は幡多方面。

南側は太平洋の海。

北側は四国山脈の山。

という風に・・

高知県は東西南北の方面にそれぞれ、はっきりとした特徴があるのです。

特に南は海、北は山という南北の特徴は子供でもわかりやすい。

大人が子供に東西南北の説明をする際にも、南は山の方面、北は海の方面という風に教える事が多いのです。

さらに・・

県庁所在地である高知市付近を走っている路面電車の路線が東西南北の十字になっている事も影響しているでしょう。


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高知県の「東西南北」の疑問。


高知県民は会話の中で東西南北をよく使うのですが、県民の間で疑問に思われている事があります。

高知市内にある県立高校で・・

高知東高校、

高知西高校、

高知南高校、

高知西高校、

以上の東西南北にちなんだ4つの高校があります。

これは何処を基準に東西南北としているのかというと、聞いた話では高知城を基準にしているとの事。

たしかに、高知市立の中学校では、

高知城東高校、

高知城西高校、

高知城北高校、

以上は全て、その名の通り、高知城から見て東、西、北の位置に建てられています。

(ちなみに、なぜか、高知城南中学校だけは無いのです。)

同じ公立である県立高校の東西南北も高知城を基準にしていると考えてるのが自然でしょう。

高知東高校は高知城から見て東方面、

高知西高校も高知城から見て西方面、

高知南高校も高知城から見て南方面に建てられています。

しかし・・

高知北高校は高知城から見て真逆の南方面に建てられいます。

それなのに、なぜ北高校なのか謎です。

調べてみると・・

高知北高校は昭和47年に高知追手前高校の定時制の課程と高知小津高校の通信制の課程が統合して開校したのだそうです。

ですので、開校当時は今の校舎ではなく、小津高校の校舎などで授業が行われていたそうです。

小津高校は高知城から見て来た方面に位置していますので、元々の通信制課程の校舎の位置で「高知北高校」となったのかもしれませんね。

ちなみ・・

高知西高校と高知南高校は2021年(令和3年)より統合して、高知国際高等学校となります。

最後に。


高知県内では室戸方面に住む人を「東の人」。

四万十市、宿毛、土佐清水など幡多地区方面に住む人を「西の人」と呼び合う特徴もあります。


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